暮らしの引き出し
機械の真価を知ってこそ

食器を分類して汚れの少ないものから順に洗う準備をすることは、食器洗乾燥機を使う場合にも応用できます。食器洗乾燥機には、汚れたものをそのまま全部ほうりこんで、あっという間にきれいに仕上がると誤解している方も多いと思います。まだ使ったことのない人は、とくにそう夢見がちですね。

かつて、日本では食器洗乾燥機が一般的ではなかった1980年ごろに訪れたアメリカのキッチンでは、すでにディスポーザーと食器洗乾燥機がついていたのをうらやましく感じました。ところが当時でも、アメリカの主婦は、食後に汚れの種類別に食器を分類し、皿に残ったソースや油脂をキッチンペーパーで拭って、シンクに水を張って浸け置きしておりました。

来客を見送ったのち、ふたたびひとりでキッチンに向かい、シンクに浸け置きしておいた食器を、スポンジで軽く洗って食器洗乾燥機に並べていたのです。そこまでの準備を終えてからやっと機械にセットするわけです。

日本の普及版の食器洗乾燥機にくらべれば、とても容量は大きかったのですが、それでもなんでもかんでも詰めこんだりはしない。家に伝わるたいせつなクリスタルやシルバーは自分の手で、複雑な構造のティーポットやボトルもブラシを使って、ていねいに洗っていました。クロスで拭いてきれいに磨いて……最後に食器洗乾燥機を全自動設定して、そしてキッチンの明かりを消しました。明日の朝までさようなら、というわけです。

翌日の朝食後は、食器が少ないので食器洗乾燥機を使うのは電気と時間の無駄、そこで、やはり手洗いなのです。「少量なら自分でやったほうがきれいで早いし、全自動には単純労働をやらせるの」とは意外でしたが、とても人間的で微笑ましい光景でした。

じつは、人間の手洗いの域まで洗い上げるには、機械は長い長い時間を要するのです。ヨーロッパの全自動洗濯機が日本に登場したときも、日本の撹拌式洗濯機に馴れた主婦は、ドラム式の所要時間の長さに我慢できず、不評だったことを思い出します。

機械を相手に、いまかいまかと見張っていたら、それはストレスを生むようなもの。機械はあくまでも主人ではなくて労働力です。単調で過酷な労働を肩代わりしてくれる時間を、人間にしかできない有意義な目的や仕事にあてられるから便利なのです。機械の特性を知って下準備を整えて、タイマーをセットしたら忘れていられる。そんなふうに考えればいいのです。相手の真価を知るすべもなく、すれちがうのは不幸なことでしょう。

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