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11. 理想のフォームで走る
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100mのフォーム
世界最速のフォーム 人が全力で走っているときには、どんなフォームになるのでしょうか?

ここでは、100mの現世界記録保持者であるモーリス・グリーンと、10年ほど前に一世を風靡したカール・ルイスのフォームを比較することで、全力走のときのフォームについて、考えてみたいと思います。

ところで、カール・ルイスの走りは、一見してリキみをまったく感じさせず、本当に全力で走っているのかと思わずにはいられないようなフォームでした。それに対して、モーリス・グリーンの走りは、じつにパワフルで、圧倒的な力強さを感じさせます。両者のスタート直後のフォーム、脚の動かし方、腕振りを具体的に比較してみましょう。
カール・ルイスと
モーリス・グリーン
最初に、100mのスタートでは、スターティングブロックを力強く蹴って跳びだしますが、このときのカール・ルイスは、ななめ上方の45度の角度で跳びだすことを理想としていました。それに対して、モーリス・グリーンは、可能なかぎり低くスタートすることを理想としています。さらに、カール・ルイスは、跳びだした後は上体をすこしずつ起こして、10〜20mで、視線が自然と前方を向くことになったのですが、モーリス・グリーンは、スタートした後も40mすぎまで上体の前傾をたもちつづけ、頭を下げて、視線は地面に向けています。この深い前傾角度が、彼のもっとも特徴的なところなのです。

次に、脚の動きは、カール・ルイスが地面を蹴り終わった後に、自然にヒザを曲げながら前方に振りだしているのに対して、モーリス・グリーンは、地面を蹴り終った後、できるだけ速くカカトを直線的に引きつけ、前方に振りだすようにしています。直線的に引きつけるために、より大きな筋力が必要になりますが、これにより脚の回転を速くすることができるのです。自然な脚の動きで、大きなストライドで走るのがカール・ルイスで、大きな筋力を使い、直線的な引きつけと速いピッチで走るのがモーリス・グリーンといえるのです。

最後に、腕振りですが、できるだけ速く、しかも大きく振ろうとするには、ヒジの角度がからだの前では80〜90度くらい、後では100〜120度くらいのときが、もっとも振りやすいといわれています。カール・ルイスは基本に忠実なヒジの角度で、ほかの選手よりも前後に大きく動かしており、からだの動作が合理的で、余分なリキみをまったく感じさせません。事実、彼のコーチは、“ナチュラル=自然に走る”ということを、もっとも強調していました。一方、モーリス・グリーンは、前方でのヒジの角度はせまく、後方へ振るときにヒジを伸ばしながら投げだすように振っています。直線的な脚の引きつけには、このような腕振りが適しているのかもしれません。

illust illust
[カール・ルイスのフォーム]
上体は起きて、視線は前方を向いている。リラックスした大きな腕振りと、ストライドが特徴。
[モーリス・グリーンのフォーム]
ヒジの曲げ伸ばしを使った力強い腕振りと深い前傾姿勢、直線的に前に振り出した回転の速い足の動きが特徴。

このように、同じ100mでも、体型や筋力のちがいによって、適するフォームが異なってくるのです。長身で手足の長い選手には、カール・ルイスのような自然でリラックスした大きなフォームが適しており、モーリス・グリーンのような走り方は、比較的身長が低く、筋肉の発達した者でないと適さないといわれています。彼らの身長はそれぞれ188cmと176cmであり、モーリス・グリーンは日本人選手とほとんど変わりません。自分の体型と筋力に適したフォームを身につけた選手だけが、世界の頂点に立てるのです。
(文:塩田 徹)


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