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08. もっともっと走る!
B
いろいろなトレーニング
持続走(ペース走)について
graph
血中乳酸濃度の上昇の仕方をしめした図。血中乳酸濃度から、持続走の速度を分類することができ、Aが“遅い持続走”、Bが“中くらいの持続走”、Cが“速い時速走”の範囲をあらわしている。
ところで、ジョギングやLSD(ロング・スロー・ディスタンス)などのゆっくり走るトレーニングのときには、エネルギーのほとんどは有酸素的につくられ、疲労の原因として考えれている乳酸の血中濃度が、あまり高くなることはありません(図のA)。

しかし、走る速度が速くなるほど、無酸素的なエネルギーの割合が高まり、このとき、血中乳酸濃度も無酸素的エネルギーの割合の増加とともに、上昇してしまうのです。図を見るとわかるのですが、その上昇の仕方は直線的ではなく、ある速度から急激に上昇しています。このように、乳酸の急激な上昇がおこるようなスピードでは、すぐに疲れて走ることができなくなってしまうのです。

したがって、乳酸が急激に上昇しはじめるときのランニング速度を高めることは、疲労の発現をおさえることになりますから、長距離走の選手にとっては大変重要なポイントになってくるのです。そのためのトレーニングとして、一般的には一定ペースで、長時間持続して走る方法がよくおこなわれます(図のBやC)。そして、このようなトレーニングを“持続走(ペース走)”と呼ぶのです。

3〜10kmの比較的短い長距離走をめざす場合には、速い持続走も重要になりますが、多くの場合、中くらいの速度の持続走が中心になります。運動強度は、中くらいの持続走では、脈拍数が140〜160拍/分程度になり、感覚的には“きつい”と感じるようになります。速い持続走では、脈拍数が160〜180拍/分とかなり高く、呼吸も乱れて“かなりきつい”と感じるようになります。
レペティショントレーニング
とタイムトライアルについて
長距離でも、スパートなどでは、高いスピードを維持する能力が必要になります。そのためのトレーニングに、“レペティショントレーニング”や“タイムトライアル”などがあります。これは、1000〜2000mの比較的短い距離を、ほぼ全力のスピードで、完全な休憩をはさんで、数回走るトレーニングです。

自分の限界に挑戦するつもりで、積極的に走る必要があるトレーニングなので、肉体的にも、精神的にもハードで、トップアスリートでも、1週間に1〜2回以上はおこなわないのがふつうです。しかし、レースペースか、それ以上のスピードで走ることになりますから、レースのときのペース感覚を身につけるトレーニングとして、また、トレーニングにメリハリをもたせるためにも、体調の良いときにおこなってみるのはいかがでしょうか。
高地トレーニングについて 高橋選手をはじめ、多くの一流マラソン選手がしている、ちょっと特殊なトレーニングとして、“高地トレーニング”を紹介します。このトレーニング名を耳にしたことのある人も多いと思いますが、高地トレーニングは、トレーニング内容に特徴があるのではなく、トレーニング場所が低酸素環境であるというところに特徴があります。

低酸素環境では、筋肉への酸素の供給が制限を受けるため、平地にくらべて相対的に運動強度が高くなります。そのため、平地と同じトレーニングをおこなっても、平地より筋肉への酸素の運搬能力や、有酸素性エネルギーの産生能力がより高まっていくのです。また、乳酸系の代謝が抑制されるため、一定速度のランニング中の血中乳酸濃度を低くたもつ能力が、より一層向上することも報告されています。

このトレーニング方法は、1960年ローマ五輪の男子マラソンで、当時の世界記録で優勝したアベベ選手がおこなっていたために、世界に広がっていきました。日本での取りくみは、1961年にはじまりましたが、これは世界でもっとも早い、科学的な研究の導入でした。その成果が、1968年メキシコオリンピックの男子マラソンでの、君原選手の銀メダルにあらわれたのです。したがって、40年も前から、高地トレーニングの有効性は確認されていたことになるのです。

現在では、トレーニングに適した標高および期間は、1800〜2000m付近で3〜6週間といわれており、それ以上の標高では、からだのバランスを崩しやすいこともわかってきました。米国コロラド州ボルダー(標高1650m)や中国・昆明(標高1880m)が高地トレーニングのメッカとして、そこで練習が盛んにおこなわれています。

しかし、この高地トレーニングもかならずしも万能なトレーニング方法とはいえないようです。これまで、高地トレーニングに適した環境が日本国内にはほとんどなく、外国で長期間おこなわなければならず、経済的にも、このトレーニング方法は手軽に導入できるものではありませんでした。

それ以外にも、いくつか問題点があることが知られています。実際に、ボルダーで高地トレーニングをおこなっているある実業団のコーチによると、高地への適応能力には予想以上に個人差が大きいこと、選手個々に適したトレーニング内容と、強度を設定しなければならないこと、コーチ・選手ともに経験が必要であること、などが指摘されています。さらに、血液検査などによって体調を管理することや、日本と外国との環境のちがいからくるストレスに注意することが、重要であることも指摘されています。

とはいえ、近年研究が進み、これまでよりも低い標高(1000〜1500m)でのトレーニングや、3〜4日の短期間のトレーニングでも繰りかえし実施することで、これまでと同じ効果を得られることが明らかにされてきました。さらに、日本国内にも、菅平高原をはじめ、高地トレーニングに適した環境が整備されてきており、実業団も外国と国内を併用しているようです。近い将来、高地トレーニングが競技者だけのちょっと特殊なトレーニングから、誰もが手軽におこなえるトレーニングになる日がくるかもしれません。
(文:塩田 徹)


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