Following the Pass of Polar Bears.


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1997年10月中旬の日記より 『白クマの王国、チャチルに到着』

アメリカ合衆国とカナダの国境にまたがる五大湖の北1200キロにチャチルはある。北極圏まではまだ距離があるとはいえ、秋には北極海から冷たい水と強風が、ハドソン湾に流れこむ。この地は、極北の厳しさのなかにある。
乗客20人を乗せた小さなプロペラ機は、晩秋のウィニペッグを午後1時すぎに飛び立った。2時間半過ぎたあたりで、森林限界を越えてツンドラ地帯に突入する。1000キロは飛んだだろうか、ハドソン湾沿岸までまもなくだ。10月というのに風景は凍えている。
眼下に展開するツンドラの景観は、不気味なまでに静まりかえり、太古のまま人を寄せつけない様相を見せていた。一筋の道もない。民家も耕地も何も見あたらない。風の咆哮にさらされて、白と灰色の茫漠とした広がりが、永遠の時を刻んでいるだけだった。点在している小さな木と、凍りついた湖が、わずかばかり風景に変化をつけている。つい数時間前までウィニペッグの紅葉が、人の心を浮き立たせてくれていたのに、ここでは色というものを永久に消し去ったかのようだ。
すでに荒天で3時間遅れた飛行機が空港に降り立つと、ただ荒涼とした、神に見捨てられたような土地が、無愛想に出迎えてくれた。湿原が続くツンドラは、強風のため雪も深くは積もらない。むきだしの岩が、寒々とした光景を増す味つけとなっている。小雪混じりの風に吹きつけられて、東京から2日がかりの長旅の疲れもあって、底知れぬ不安に襲われる。
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