Following the Pass of Polar Bears.


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無色、無音の世界は、日常の生活感覚からするとだいぶ座標軸がずれている。いつも溢れるほどの刺激に晒されていたということか。ここでは身を隠す何物もないし永久凍土を目の前にして、成す術もない。小さなプロペラ機のタラップを降りると、凍りついた滑走路がざらざらしていていた。冷たい強風が吹くなか、飛行機から15メートルほど歩くと、小さく重い木製の戸があった。これが空港ターミナルへの入り口である。自動ドアーではなく、この空港にはエスカレーターというものはなかった。日本の離島の空港を思い出していた。
これが憧れのチャーチルなのか。いやチャチル、中継地のバンクーバー空港で、チャーチルと言ったら、空港の人が“えっ?”と怪訝な顔をして聞き返した。チャーチルではなくチャチルなのだそうだ。帝国書院の地図帳にだって、チャーチルと書いてあるじゃないか。
何はともあれ、チャチルに着いた。ある種の感動が走る。極北の地と、そこに住む地上最大の肉食動物・白クマに興味を持ち続けてよくもまあ……。
金融マンとして30数年、刻々と変わる世界の情勢と競争するように仕事をし続けてきた。夜昼関係なく海外と電話をし、情報端末機と睨めっこをし、ニューヨークだ、ロンドンだと飛び回ってきた。おかげで世界の金融都市には、自分の住んでいる町より詳しくなったけれど。でも、好きだったのは、ニューヨークのブロードウェーでもティファニーでもなく、ロンドンのバッキンガム宮殿、蚤の市でもなく、野生動物だった。
中でも白クマの、巨大だがしなやかな身のこなし、その高貴な雰囲気が好きだった。白クマはみんな知っているけど、ほんとうの生態はほとんど知られていない。いつか、かの地で白クマに出会ってみたいと思った。それからというもの、本、インターネット上の極北のホームページ、国会図書館、カメラ会社、フィルム会社、写真展の会場、調べられるものはすべて調べた。ところが日本ではなかなかいい資料に出会えない。出張でニューヨークやロンドンに行くと、寸暇を惜しんで本屋に通った。仕事の合間に、国会図書館にも行った。どのくらいの本に当たっただろうか。多分350冊くらいになるのではないだろうか。
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