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自宅マンションの隣に自動車教習所があった。 見晴らしの悪くなった私鉄沿線のマンション化した界隈では、わりと広い空間が目の前に広がる土地だった。 昔は富士見の名もついていた地域で、正月など空気のきれいな季節には、遠く山並みの陰のさらに向こうに雪を冠した富士もみえた。 “よく晴れたなぁ”と感嘆するような空や、しばらく見とれてしまうような面白い形の雲、オレンジに輝き刻々変化する夕焼けが楽しみだった。 歩いてわずか数十秒の幅で、いつもその日の空と風を感じる貴重な道であった。 そこに最近、マンション建築中の幕がはられてしまった。 しかたのないことだけれど、がっかりしてしまう。 花冷えと小雨の季節が終わると、空がきれいに見える。 秋の空ともちがって、すぅっと空のほうへ気持ちがのびやかになる、はなやさかの予感みたいな空だ。頬をたたく風も、温かくさわやかだ。 何だか、理由もなくうれしくなる。安上がりな幸せだなぁと思う。 近藤 ようこ『水鏡奇譚』に描かれた空は、いつの空だろう[図1]。 鳥と、雲の影で、流れる空を感じさせる。 |
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近藤ようこ「空ゆく雲」 【引用図版・1】 『水鏡奇譚』下巻(第十二話) 角川書店 92年刊・所収 159頁 |
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