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第七回「桜の下へ」 吉田秋生『櫻の園』について


1月、ニューヨークのアニメ・シンポジウムで話をしたとき、こんな質問があった。“あるアニメの中でバラや桜が、本当はそこにないのに、脈絡もなく画面に沢山出てくる場面があった。あれは何なのか?”

私は、こんな風に答えた。

“花は、その場面のはなやかな心理を象徴する記号でしょう。バラは、どの国でも女性が贈られて喜ぶ花じゃないでしょうか”

質問者は、“じゃ、桜は何なのか?”と重ねて聞いてきた。

私はこう答えた。

“桜は、日本人にとって特別な意味をもつ植物です。バラやほかの植物を鑑賞するとき、欧米では外から眺めるけれど、日本人は桜の大きな木の満開の花の下に入ってゆくことが好きなんです。これを花見といって、私も大好きです。

桜の中に入ると、世界が桜色に輝いてみえて、とても幸せになるんです。日本古代の有名な詩人サイギョーは、「私は満開の桜の下で死にたい」という詩を残し、その通りに死にました。つまり桜は、植物が芽吹くはなやかな春の生命と同時に、ある種きわまった至福の死をも象徴しているんです”。

生と死を象徴する桜は、だからイニシエーションや生まれ変わりをも連想させる。入学式や卒業式に桜がつきものなのも、たんにその季節に桜が咲くからではない。

吉田 秋生『櫻の園』は、数百本もの桜に囲まれた女子高の春を描く。4人の女の子の心の揺れや決断が4つのエピソードで続き、桜の絵が彼女たちの心の背景として使われる[図1]。



img 吉田秋生『櫻の園』
【引用図版・1】
白泉社文庫
94年刊・所収 125頁


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