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図3
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図4
杉浦日向子『YASUJI東京』 小説新潮85〜86年連載 【引用図版・3、4】筑摩書房 88年刊 24頁



『YASUJI東京』は、珍しく筆者を連想させる女性が現代の東京に登場する。彼女が、はかなく消えゆく江戸を明治東京の風景として描いた清親の絵と、彼の弟子に思いをはせながら、彼らの絵を通して自分の中の江戸の感覚に近づいていこうとする。

いわば、杉浦自身が自分の「江戸マンガ」のモチーフに、清親、安治を批評することで迫ろうととする、多分杉浦唯一の自己批評的作品なのだ。雪の中で、風景を描く清親の後ろ、寒そうにじっと覗いている少年・安治には、おそらく杉浦自身の影が落ちている。顔がみえないのは、雪のせいばかりでなく、そこに作者自身が投影されているからかもしれない[図3]。

清親の唇をかすめる二粒の雪は、ただ線の断裂のように描かれるが、ここに雪を感じさせることが、絵全体をじつは雪が覆っているという印象をつくっている[図4]。

みえないもので、絵を感じさせること。

空白をみえない存在で埋め尽くすこと。

これが、この場面の静謐さや寒さを印象づけるだけでなく、この作品の示す「夢のようにみえない江戸を感じて、つかむこと」という主題を象徴してもいる。




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