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第三回「下町の植物」 滝田ゆう『寺島町奇譚』について


日和のいい日なんぞに、ふらふらと下町っぽい方面に出かけるというと、今でも狭い路地に面して、植木を盛大にへばりつかせている長屋風の風景に出会ったりしますですな。

丹精された万年青、松、菊、紅葉、私の知らない草花が季節ごとにてんこ盛りになっている。こぢんまりした藤棚を格子戸越しに見事にレイアウトしてあったり、軒下まであるひな壇に何十個もの鉢が飾ってあったり、ほとんど土のない角地からやつでがひょろひょろのびてたり、ほんとにみんな緑が好きなんだなぁと思う。

建て込んだ家屋路地の中で、何とか植物を目にしたいという健気さが、じつに「うんうん、そうかそうか」という感じで伝わってくる。

人がひしめいて暮らしてきた下町の努力である。

滝田ゆうが60年代後半から70年代初めにかけて連作した『寺島町奇譚』[註]は、当時すでに失われていた東京下町の風景を克明に描いて、マンガ愛好家たちの絶賛をよんだ。

そこには、戦前の花街の街角にやってくる季節の空気が、繊細な描線で再現されていた。夏の入道雲と日ざしに照らされる瓦やトタン。強く光る用水の水面。小さな、見逃してしまいそうな草花[図1-1]。

[註]滝田ゆう『寺島町奇譚』 初出は月刊ガロ68〜70年。のち別冊小説新潮72年連作。


img 【引用図版・1-1】
筑摩書房『滝田ゆう漫画館 第二巻
寺島町奇譚[下]』所収 「カンカン簾」


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