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出典/坂田靖子『アジア変幻記2 塔にふる雪』 潮出版88年刊・48頁




この気分の背後には、私たちがアジアで感じる慰安の背景と同じものがあるに違いないが、それはつまるところ伝統社会に潜んでいた「異界」の安逸じゃないかと思う。60年代に水木しげるが妖怪物で描いた死後の世界や別次元の世界は、80年代的な白っぽいコメディとなって坂田靖子の中に受け継がれたのだ。坂田もまた不思議な妖怪マンガを多く描いている。

この短編は、長雨で田んぼも道も川のようになったアジアの村で、ある男がふらふら出歩いて迷うところから始まる。やがて彼は不思議な世界を巡ってある村にたどりつき、そこで美しい娘と出会って結婚し、暮らす。ある日、妻がかたく止めたのを聞かずに井戸に冷やしてあった瓜を切ると、水が吹き出て洪水になり、男は天から流されて地上に落ちる。天上の世界だったのだ。妻は流れ星となってしまう。

話だけ語れば、私たちにもなじみ深い民話伝説の類だ。でも、それは図の上のコマにあるような、ほんとに簡単な目鼻の、ほとんど人を食ったような笑い目の面白可笑しさで描かれるホラ話なのだ。マンガの最後で、この話を聞いていた村の子どもたちが「ウソばっかり!!」と語り手を笑うのは、そんなほどよい距離感をあらわす。

これは伝統社会そのものではなく、今の私たちのアジアへの郷愁と憧憬の距離感にひとしいのである。



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