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出典/谷口ジロー『歩く人』講談社92年刊・120頁 初出/モーニングパーティ増刊 90〜91年連載



その感じは、自分をモノサシにすれば、30代以降の、身の回りの些細なことに慰安を 見出すようになってから身についた種類のものだ。それまでは気にもとめなかったけ ど、こんなつまんないコトが幸せなんだなぁ、とかしみじみ思えるようになる。たと えば第15話「よしずを買って」の中に、樹々の木漏れ陽をあびる主人公のカットがあ る[図]。ここで2種類のスクリーントーン(薄墨状の部分はスクリーントーンとい う、透明シールにドットの印刷されたものを原稿に貼ってある)を使って慎重に描か れた木漏れ陽の感じは、ちょっとした樹さえあれば誰でも追体験できるし、どこかで 感じたことのある瞬間だろう。

主人公が汗をかいているのは、夏の炎天下、舗装道路の照り返しの中を大きなよしず を抱えて歩いてきたからで、奇跡のように残った雑木林に入って一息ついた安堵感が 、心持ち下がった眉とにこやかな口に表現されている。効果的なのは、えんえんと4 頁にわたって陽の下を歩く描写があり、途中道路のガード下で休むが、暑さは少しも 和らがない場面があって、やっとここで顔にかかる陰りの描写が涼しさを感じさせる ところだ。薄いトーンを顔に、濃いトーンを背後に貼って奥行きを出し、まだらの木 漏れ陽をカッターで削ってボカしてつくっている。



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