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第50回
自然へのまなざし・その6
文/舘内 端


■コブシの力

先日、駐車場の家賃を払いに行ったときのことだった。自然の力は強いと、みょうに感心したのだった。

この大家さんの庭は、世田谷にもかかわらずけっこう広い。紫陽花(あじさい)とサツキが自慢で、その季節になるとたくさんの花をわけていただける。小さな畑ではあるが、野菜も作っている。油菜は絶品である。

玄関には、背の高いコブシの木がある。コブシは、もくれん科の落葉樹で、早春に白色大形の花をつける。

このコブシの木は、ご主人の手で、この夏にきれいに枝が下ろされていたはずであった。ご主人は植木仕事もやる。自宅の木の面倒を見ないはずはないのだ。しかし、来てみると葉がうっそうとしている。

おかしいとは思ってはみたが、なにせ駐車場の家賃は1か月ごとの支払いである。記憶は定かではない。お嬢さんが家賃を記帳している間に、しげしげとコブシを眺めた。

どうやら、コブシはご主人の手入れにもかかわらず、再び葉をうっそうとさせたようであった。いや、そうして再びコブシが葉をつけるようにと、枝を下ろしたということだろう。

コブシが再び葉をつけることなど、あたりまえのことだと思うのだが、考えてみると不思議このうえない。

それはともかくとして、こうして再び葉がうっそうとするまでの間に、コブシはなにをしたのだろうかと、考えてみた。

地中深く張った根は、土から養分と水分を吸い上げ、幹はそれを枝に運び、芽を出した葉はそれを受け取り、それに太陽の光を加えて自身を大きくしたということだろうが、たとえ葉を切られ、枝を下ろされても、根は自分がやるべきことをやり、幹また同様に役目を果たし……というあたりまえのことをすると、葉が再び茂るところがすごいと思った。こうしたことを自然の力と呼ぶのだろう。

では、台風による強風で大きな枝が折れ、幹も傾き、根も一部が地面から顔を出すような被害に遭ったら……それでも、コブシは次の年の夏には再び葉を茂らせるにちがいない。どのようにして?

傷ついた根は、その状態で吸い上げられるだけの養分と水分を幹に送り、傾いた幹は傾いたなりに枝を支え、葉は送られてきた養分と水分に見合うだけの葉を茂らせるのだ。決して無理をせず、だからといってサボることもなく、与えられた役目をできるように淡々と果たすのである。できないことはできないのだから。

そうして数か月。月が満ちると、新しい葉が芽を出し、コブシはよみがえる。あたりまえに思えるが、これはすごいことだ。

傾いた幹から新しく伸びる枝は、きっと太陽に向かってまっすぐ伸びるから、幹から見れば傾いている。私たちから見れば、再生したコブシは、変なかっこうをしているにちがいない。しかし、コブシにとっては、少しも変なかっこうではないのだ。コブシにはそれが自然であり、再生するということなのだ(きっと)。

これは、“それなりに成る”ということであり、私たちが知るべき自然のすごさとは、おそらくここにあると思うのだ。

与えられた条件の中で、つまり“それなりに”、果たすべき役割を果たすと、そのようになるのだが、その成り方が、かつての形とはちがうことにこだわらない。というか、それが自然に寄り添うということなのだろう。

■アイドリングストップ教習

前回は、信号待ちアイドリングストップでCO2を減らそうという話だった。8月に信号待ちアイドリングストップをしつつ全国縦断キャラバンを行なった結果がまとまったので、概略をお知らせしよう。

縦断したクルマ3台は、すべて車型もグレードも生産次期も同じガソリン車のワゴンである。このうちの2台は、できるだけ信号待ちアイドリングストップを行ない、1台は行なわなかった。

走行距離は、3台の平均で3717キロ。すべて一般道である。都市部は迂回することなく、そこで生活する人たちと同じように走った。走行距離のうち、都市間が距離の割合で86.8%、都市部が13.2%で都市間の走行距離が多い。しかし、走行時間の割合は都市間が69.1%、都市部が30.9%であった。

注目の燃費だが、信号待ちアイドリングストップを行なうと、しなかった場合にくらべて、都市間で5.8%、都市部で13.4%もよいという結果であった。

信号待ちでアイドリングストップを行なうだけで、これほど燃費がよくなるというのは、やはり驚きであった。

実際に、どの程度信号待ちでアイドリングストップをしたかというと、停止時間の約半分の時間、アイドリングストップしていた。まだ、エンジンを停止する余裕はある。

全国の自家用車が、信号待ちの半分の時間だけアイドリングストップすると、1年間で303万キロリットルのガソリンを節約することができる。このことで削減できるC02は、727万トンである。

一般的なドライバーが1年間に排出するCO2を、5.5トンとすると、132万台の自家用車の削減にあたる。

今回のキャラバンでは、半自動式のアイドリングストップ装置を使った。エンジンキー操作によるアイドリングストップにくらべると明らかに楽だが、全自動式には及ばない。全自動式のアイドリングストップ装置であると、2倍は無理としても1.7倍からのアイドリングストップが可能と試算される。

すべての自家用車が全自動式アイドリングストップとなった場合の、1年間のガソリンの節約量は、上記の1.7倍の515万キロリツトルとなり、同様にC02削減量は1,236万トンで、これは224万台の削減に当たる。

今回の調査によって、信号待ちアイドリングストップは、燃料の節約とCO2削減に、大変に効果があることがわかった。しかし、全自動式が行き渡るにはまだまだ時間がかかる。当面は、エンジンキーによる完全マニュアル式(?)アイドリングストップに頼るしかない。

では、マニユアル式は簡単かというと、そうとはいえない。F1ワールドチャンピオンのM・シューマッハーならできるかもしれないが、高度な運転テクニックを要求される(ただし、慣れるとそうでもない)。

キャラバンの途中で開いたフォーラムで、運転免許教習所でアイドリングストップの教習をしたらどうかという提案がなされたが、なるほどとうなずいてしまった。

アイドリングストップに限らず、省エネ運転、C02削減運転の教習が容易に受けられるようになると、私たちユーザーも大変にありがたい。

信号でアイドリングするのが(これまでの)自然な姿だとすると、信号で一斉にエンジンを停止する町の様子は、きっと変にちがいない。

しかし、コブシの話で、なるように成るのが自然のすごさだといったが、信号待ちではエンジンを停止するという不自然を受け止められる柔軟さを持ちたいものである。そうした変化ができるように、私たちのからだも作られているはずである。コブシの木も自然の産物であれば、私たちのからだもまた、自然の産物なのだから。




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