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第48回
自然へのまなざし・その4
文/舘内 端


■市電の走る町

シティ・トラムとも呼ばれる、市電が見直されている。ダイムラー・クライスラーやポルシェの町としても知られるドイツのシュッツガルトでも、北欧のスウエーデンでも、人気である。

シュッツガルトは、風の路の町としても知られる。盆地であるために風が通り抜けにくいので、町並みを整え、風が吹き抜けやすいようにしているのだが、風の路をシティ・トラムが走るのは、新しくて懐かしい風景である。

都市が、クルマだけではなく、歩行者、自転車、シティ・トラム、地下鉄といったさまざまな交通手段をもっていると、その交通の数だけ都市の表情は多様になる。クルマも元気になるし、楽しい。

たとえば、クルマで走ったときの町の表情と、歩いたときのそれがまったくちがうことは、よく経験する。同じように、自転車に乗って走ると、町はまたちがう表情を見せる。歩いてではちょっと遠くて、でも駐車場がないので……と思って遠慮していたお店にも立ち寄る気になったりすることで、生活の幅が広がり、質も向上する。あるいは、地下鉄の駅から表の通りに出て、“ここはどこ?”と、一瞬迷子になったようになるのは、ちょっとした都市の冒険だ。

この夏、シンポジウムのコーディネーターのお勤めを果たすためにおじゃました熊本市にも、市電が走っていた。街路樹の多い熊本市に、市電はことのほかよく似合っていた。

■熊本市では、もうはじまっていた

いきなりだが、信号待ちでアイドリングを止めたことは、おありだろうか。つまり、信号が赤のときに、エンジンを切り、青になったら再びエンジンをかけるというものだ。これを、とりあえず信号待ちアイドリング・ストップと呼ぶことにしよう。

熊本市のシンポジウムは、この信号待ちアイドリング・ストップに関してのものだった。

シンポジウムをはじめるにあたって、会場のみなさんに、“信号待ちアイドリング・ストップをされている方は、いらっしゃいますか?”と、聞いた。これまでの全国のアンケートでは、やっている方は4%ほどである。熊本市でもそんなものだろうと思い、“いや、じつはCO2削減にとても効果があるのです。ぜひ、やってみてください。今日は、そのためのシンポジウムなのです”と、切り出そうと思っていたのだった。

しかし、その期待?は見事に裏切られた。150人ほどの出席者の内、なんと30人ほどが“やってます”とのことだったのだ。約20%の実施率だ。私は一瞬、声を失った。シンポジウムをはじめるきっかけを奪われてしまったからだ。

ほんとうは喜ぶべきことなのだが、変な話、なんとか気を取り直してシンポジウムをはじめたのだが、第一声は、“信号待ちアイドリング・ストップをこんなにやっている方がいらっしゃるのでは、用はありませんから私、帰ります”だった。

もちろん、私のうれしい誤算であって、シンポジウムは続けたわけだったが、内容は壇上から“信号待ちアイドリング・ストップは、こんなに効果があるので……”と呼びかけるという、シンポジウムにありがちなパターンではなかった。会場のみなさんとパネラーが一体になって、“どうすれば、もっと信号待ちアイドリング・ストップをやれるようになれるか”を討議するものだった。新しい動きがはじまっているのがひしひしと感じられて、旅の疲れも吹き飛んでしまった。

■信号1か所で900トンのCO2削減

熊本市は、行政、市民がいっしょになって、快適な都市交通のあり方を探り、できることから実践している。市電の継承もそのひとつであり、信号待ちアイドリング・ストップが可能なバスの導入も進んでいる。そうしたムーブメントがあると、だれに強制されるでもなく、主体的に信号待ちアイドリング・ストップをする人が現れてきたということだろう。

同様なシンポジウムを開催した金沢市も、そうした町であった。ここでは、片町スクランブル交差点で信号待ちアイドリング・ストップをしようという動きがはじまりそうである。

この交差点では、2年前にすでにNPOが信号待ちアイドリング・ストップの効果を測定していた。その流れを受けて、シンポジウムでは、この交差点で恒常的に信号待ちアイドリング・ストップをやってみたいということになったのだった。

金沢市で、このようにシンポジウムが盛り上がったのもまた、市民と市が一体になってクリーンな町造りを進めているからだった。

たとえば、客待ちをするタクシーの駐車場所には、タクシーが来ると“アイドリング・ストップをお願いします”という、案内の掲示と音声が2度流れる。この装置を設置したことで、タクシーの客待ちアイドリング・ストップがずいぶんと浸透したということだった。

聞くと、片町スクランブル交差点には、常時100台ほどのクルマが停止、発進しているという。信号の間隔は、約2分である。簡単に2分ごとに歩行者、クルマが交互に交差点を渡ることにして計算すると、1日12時間信号待ちアイドリング・ストップを実施したとして、1年間で900トンものCO2が削減できることがわかった。

たった1か所の信号で信号待ちアイドリング・ストップをするだけで、900トンものCO2の削減である。しかも、誰も損をしない。

スクランブル交差点では、2方向のクルマが、いっせいに止まる。ここで信号待ちアイドリング・ストップをすると、その間、交差点から排気音が消える。片町スクランブル交差点では、約2分毎に静寂が訪れるわけだ。これは、革命的ともいえる自動車交通の変革ではないだろうか。


さて、信号待ちアイドリング・ストップはよいことばかりではない。ドライバーの仕事が増え、エアコンも切れるので、暑い夏や、寒い冬はつらそうである。バッテリーやセルモーターも心配だ。“排ガスが増えるのでは……”“思ったほどCO2削減の効果がないのでは……”などの心配については、次回にゆずろうと思う。 (次号へ続く)




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