title


第42回
オリンピックとニュー・モータースポーツ
文/舘内 端


■それは、19世紀のフランスで……

ソルトレーク・シティーでの冬季オリンピックが終わった。今回のオリンピックは、審判の判定をめぐってのトラブルや、相も変わらぬドーピング疑惑など、感動とともに問題も残した。オリンピックも曲がり角にあるといわれて久しいが、今後、どのように変革されていくのだろうか。

ところで、オリンピックとモータースポーツには、そのはじまりに因縁がある。

現在のオリンピックは、古代ギリシャで開かれた古代オリンピックに対して、近代オリンピックと呼ばれる。第1回の近代オリンピックは、1896年にアテネで開かれたが、それに先駆けること2年前に、世界初のモータースポーツ・イベントがフランスで開かれている。ということで、近代オリンピックとモータースポーツの曙は、ほぼ同時期であったことになる。

では、2つのスポーツに関係があるかというと、直接には関係ない。しかし、近代オリンピックの提唱者はフランス人のピエール・ド・クーベルタンであり、世界最初のモータースポーツ・イベントが開かれたのもフランスであった。つまり、2つのスポーツの開闢(かいびゃく)は、共通の時代と場所で起きたということである。

開闢の時代と場所=地域が同じということは、2つのスポーツの、時代と地域から受けた影響は同じだったのではなかったかと、推測できないわけではない。もし、受けた影響が同質のものであったとすれば、オリンピックとモータースポーツは、その価値や競技の方法やコンセプトにおいて大いに共通性をもっていたことになる。

■アテネ大会が最初ではなかった

近代オリンピックは、1896年のアテネ大会からということになっているが、すでに近代オリンピックは開かれていた?

実際の近代オリンピックは、上記のアテネ大会からはじまったが、古代オリンピック復興の機運はヨーロッパで高まっていたし、各種のスポーツ競技会はすでに行われていた。機運の高まりと、競技会の実績にのって、その2つを国際大会=オリンピックという形で集約したのがクーベルタンであったというのが、大方の見方である。

古代オリンピック復興の機運とは、かつての古代ギリシャ文化の復興運動であったルネッサンスの再興ともいえる。事実、19世紀には古代ギリシャの彫刻や建築、果てはオリンピアの遺跡が発掘されていた。近代オリンピック開催前後の19世紀、ヨーロッパには第2次ギリシャ・ブームとでもいうべき古代ギリシャに対する憧れがあり、これにイギリスからはじまったスポーツ・ブームが重なって、近代オリンピックが誕生したといわれる。

古代ギリシャ文明の復権と新たに誕生したスポーツ・ブームの中で、世界初のモータースポーツ・イベントも開かれたのだった。

では、モータースポーツに古代ギリシャへの憧れはあったのだろうか。モータースポーツとオリンピアの関係とは……、なんともである。

■古代ギリシャとモータースポーツ

実は、モータースポーツの源はギリシャにあったというのは言いすぎだが、大いに関係がある。世界初のモータースポーツ・イベントを企画したフランス人がそのことに気づいていたかどうかは別にして、モータースポーツもまた古代ギリシャ文明の復興、ルネッサンであったといえないわけではないのだ。

ところで、石器時代人はスポーツを楽しんだのだろうか? どうも楽しんでいたらしい。

その様子を再現するのはむずかしいが、いわゆる未開人たちのスポーツを、文化人類学的に調査することで類推はできる。そうして調査すると、どうやら家畜スポーツとモータースポーツ以外は、すべて存在したようなのである。さらに、家畜スポーツに関しては、存在した可能性も濃厚なのだ。

現代のモータースポーツに最も近いスピード・レースは、紀元前2000年に現れた馬戦車によるものだろう。『図説スポーツ史』(寒川恒夫編・朝倉書店)によれば、このころのミケーネで馬戦車による狩猟が行われており、インドの“リグ・ヴェーダ”にはギャンブルの馬戦車スポーツが記録されているという。また、ホメロスの“イーリアス”によれば、馬戦車スポーツはギリシャ軍の競技会でいちばんの人気だったとのことである。その後に馬戦車スポーツは、古代オリンピックに引き継がれ、さらに古代ギリシャの各地の競技会でも行われたということだ。

そのころに内燃機関や自動車が発明されていたわけではないから、実際のモータースポーツは自動車の発明(1886年)まで待たねばならなかったが、馬をエンジンの代替動力とすれば、モータースポーツは紀元前2000年から行われており、古代オリンピックの競技でもあったと、いえないわけではない。

最初の自動車は馬車を改造し、エンジンを取り付けたものであったことを考えると、モータースポーツとは馬車スポーツをまねたものであり、1894年に突然はじまったわけではなく、4000年からのヨーロッパ大陸の歴史の上に生まれたスポーツということもできるだろう。

■これからのオリンピック、そしてモータースポーツ

さて、オリンピックも曲がり角にあるといわれる。たとえば、近代オリンピックの創始者であるクーベルタンの“より速く、より高く、より強く”という標語だけでは、現代のオリンピック競技は語り得なくなっている。そこに美しさや芸術性を加味することが求められ、それがあたりまえになっている。また、夏のオリンピックも冬のオリンピックも、環境への負荷を少なくすることが求められている。

同じ時代に、同じ場所ではじまったモータースポーツもまた、曲がり角にあるのではないだろうか。モータースポーツであろうと、自然と共生できることが、それが生き残るうえで欠かせない条件であることはたしかだ。




back