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第29回
[集中講座]燃料電池自動車・その4
文/舘内 端





ベンジンで走ったという、初の四輪自動車、こちらは1886年のダイムラーモートルヴァーゲン。
(c) DaimlerChrysler AG


こちらも同じく1886年製、ベンツ・モートルヴァーゲン。
(c) DaimlerChrysler AG


こちらは、1889年製の電気自動車“ジャメ・コンタント号”。史上はじめて、時速100kmを超えたそうです。
◎『自動車工学全書・自動車の発達史【上】』5ページより転載
 
 
■ベンジンで走る自動車

自動車は、ガソリンや軽油などの石油燃料で走ることがあたりまえだったが、燃料電池の登場によって、自動車の燃料があらためて注目されるようになった。

たとえば、木炭でも自動車は走るのだ。ということで、自動車の燃料について歴史を振り返ってみよう。現在につながる内燃機関(エンジン)自動車は、1886年にゴットリーフ・ダイムラーとカール・ベンツによって発明された。いまから115年前のことである。当時の燃料は、現在のガソリンではなく、ベンジンであった。

ベンジンは、衣服の汚れなどを取るいわゆるベンジンだ。この2人の発明した自動車のレプリカを動かす際には、薬局でベンジンを購入する。薬屋で自動車の燃料を買うとはなんともだが、115年後の今日、メタノール改質式の燃料電池車を日本で走らせるには、燃料であるメタノールを再び薬屋で買うことになるのだ。

ベンジンを燃料タンクに入れても、それだけではレプリカのエンジンは始動しない。とくに寒い季節ではベンジンが蒸発しにくいので、たとえばヘアードライヤーのような温風機で気化器を暖める必要がある。現在では、気化器から電子制御燃料噴射へと燃料供給装置が著しく進歩し、ガソリンもエンジンに適した性質に改良されているのでそんなことはないのだが、かつてはエンジンの始動はひと苦労だった。

初期の燃料電池車も同様で、燃料電池や改質器を作動させるのに、1時間近くも予熱が必要であり、始動には手間ひまがかかっていた。現在では数秒でスタートできる。

燃料を燃やすにしても、それから電気を取り出すにしても、簡単な話ではないということだ。

■自動車の幕開け

蒸気自動車や電気自動車は、内燃機関自動車が発明されるよりもずっと前に発明されている。最初に時速100キロを出した自動車は、電気自動車であった。

馬が原動機として認められるのであれば、世界最初の自動車は馬車ということになる。しかし、原動機の定義に馬はあてはまらない。同様に、16世紀末に作られた風力自動車も、風を受ける帆は原動機とはいわないから、これも自動車ではない。17世紀になると、ゼンマイ仕掛けの自動車が登場する。歩くよりも遅かったというから、正当な自動車史からは除かれるだろう。

馬の燃料は、“かいば”である。風力自動車の燃料は風だが、その元は風を起こす太陽の熱だから、これはソーラー自動車だ? ゼンマイを巻いたのは、もしかすると人間だったかもしれない。人間の燃料は……ということで、ここまでの自動車もどきの自動車の燃料は、少なくとも石油などの化石燃料ではなかった。

■薪(まき)と石炭が燃料

化石燃料が登場するのは、蒸気自動車の発明以降だ。石炭である。自前の原動機を持ち、鉄道のレールのような軌道がなくとも、人を乗せて陸上を走れる乗り物を自動車と呼ぶのだが、この定義からすると世界最初の自動車は、蒸気自動車であり、ベルギー人のジョセフ・キュニョーの発明になる。これは、キュニョーの砲車と呼ばれ、1769年のことであった。パリ技術博物館に実物が展示されている。


キュニョーの蒸気自動車。文中にもあるとおり、ほんものはパリの博物館にあるとのこと。この版画は、その試走の際の“事故”を描いたもの。なんでも壁に激突したとか、史上初の自動車事故!
 
 
ある年のル・マン24時間耐久レース取材の帰り道に、キュニョーの砲車を見た。前1輪、後2輪の木製の三輪車で、前輪よりも前に巨大な蒸気釜が吊り下げられている。とにかくうすらでかく、とてもじゃないが自動車ごときものには見えなかった。

それはともかく、このクルマの燃料はおそらく石炭だったであろう。その後、蒸気自動車は、とくにフランスとアメリカで大いに進歩をとげ、多くの人に愛用され、ついには時速200キロを超えるものまで現れた。19世紀初頭から20世紀初頭にかけてである。

蒸気自動車は、エンジンのような爆発音もなく静かで、クラッチも変速機も不要で、しかも発進はスムーズで加速は力強かったからだ。その特性は、なぜか燃料電池車によく似ている。

蒸気自動車は、お湯を沸かして蒸気を発生できれば走るわけだから、燃料は薪、紙、石炭と燃えるものならなんでもよかった。現在であれば、太陽熱で暖めた水を天然ガス(都市ガス)やLPG(液化石油ガス、タクシーの燃料に使われる)で沸かすといったことも可能だから、蒸気自動車はエネルギーの多様化の要請に応えられることになる。

■電気という燃料

蒸気自動車が盛んに使われたころはまた、電気自動車も大いに人気を博した。電気自動車も、静かで、クラッチも変速機も不要だから扱いやすく、しかもスムーズな発進と力強い加速が可能だったからだ。ヘンリー・フォード夫人も電気自動車の愛用者であり、イギリスの貴族の夜会の送迎車として使われたのも、このような電気自動車の特性による。

電気自動車の燃料は電気で、当時の発電は主に水力発電と火力発電でまかなわれていた。火力発電の燃料も、効率さえ考えなければ薪、石炭、石油、天然ガスなど、多様性が確保できる。水力は、風力と同様に自然再生エネルギーだから、蒸気自動車以上にエネルギーの多様化に対処可能である。

■クリーン・エネルギー

戦後、石油が十分に供給されなかったころ、車体後部に釜を背負ったバスが運行していた。木炭バスだった。

木炭バスの燃料は薪である。しかし、蒸気自動車のようにこれを燃やして走るわけではなく、薪を蒸し焼きにして発生するガスをエンジンで燃やして走る。近い将来には石油の需給が逼迫するといわれる。自動車に限らずエネルギーの多様化が求められるが、地球環境を保全できるようなクリーン・エネルギーでなければならない。

その点、水素を燃料とする燃料電池や、それで発電して走る電気自動車である燃料電池車は、エネルギーの多様化も環境保全も可能である。最初の自動車である蒸気自動車は、近未来の自動車である燃料電池車に、いろいろな点で似ている。自動車は、再び原点回帰をはじめたということだろうか。



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