Following the Pass of Polar Bears.


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“HISA! 白クマが腹這いになっているぞ”と、100メートルくらい先を指さす。なんと巨大な白クマが、周囲5キロメートルの凍った湖の上で、つきたてのお餅のようにペッタンコになっている。後足の裏を空に向けて氷の上にへばりついている。薄い氷の上で、体重の分散をはかるべく懸命に両足を広げて、アメンボのように歩いているうちに、足を広げすぎて腹這いになってしまったのだ。
朝のうちは、氷も厚く凍りついていたが、午後になると気温が上昇して、湖面の氷がゆるんでくる。朝晩は氷点下20℃くらいになったといえども、2日やそこらで、湖はまだ十分に結氷しない。海も白く凍りついたように見えるが、風が吹くと波立ち、水面がシャーベット状にうねっている。
氷の上を歩いていると、ミシミシ、ザッ・ザーと不気味な音が聞こえてくる。氷が割れて亀裂が走るときに発せられる不気味な音だ。次にビシッと勢いよく氷が割れるのがわかる。割れ目から水が浸み出て、氷が大きく割れるのではないかと恐怖に襲われる。もし氷の割れ目に落ちたら、重くて大きな靴、厚地のパーカーを着ていては、這い上がることはむずかしい。10分も冷たい水の中にいれば、あっという間に体温を奪われ、死につながる。映画『タイタニック』のラストシーンを思い出せば、容易に想像がつく。
白クマまで15メートルのところまで近づき写真を撮っていたとき、それに気づいた白クマが動き出した。そのとたん氷が割れて、ズブズブと水のなかに音を立てて沈んでしまった。ブライアンは、大声で笑う。見慣れた光景なのだろう、“見てごらん。白クマは泳ぎの名人だぞ”。
水のなかに落ちた白クマは、潜水艦のように、数分間水中に潜ったままだった。しばらくして、滝のごとく水をしたたらせながら出てきた白クマは、大きく頭を振った。その水しぶきは、太陽に輝いて、空高く広がる花火のように飛び散る。その後、氷のかけらを相手に何度も何度も遊びだした。
好奇心いっぱいの白クマの姿は、子犬や子猫のようだ。この好奇心こそが、人間にとっては危険きわまりない。白クマは、人間に出会うと逃げ去ることもあるが、好奇心で近づいてくる。それが、まさに攻撃的意味をもっている。ましてや興奮させると、その好奇心は、攻撃に変わることがある。白クマに出会って、逃げこんだとしても、それが普通の乗用車であるならば、好奇心で車をベチャンコに壊されてしまう。もちろん、なかにいる人間の安全の確保は、むずかしい。
チャチルでは、白クマに襲われて死んだ人はあまりいないが、家を壊され侵入されそうになった人はいる。飛行場で、着陸した飛行機を地上員が滑走路で誘導していたとき、パイロットがさかんに手を振って、合図を送っていた。地上員のまうしろに白クマが地上員のにおいを嗅ぐように近づいていたのだ。飛行機見たさの好奇心だろうが、500キロもある体重でのしかかられたり、前足で一撃を加えられたりしたら、命に関わることはまちがいない。白く雪や氷で覆われていたら、どこで好奇心のある白クマに会って、悲劇が起きても不思議でない。クマに遭遇しないことが、身を守る唯一の方法としか言いようがない。
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