Following the Pass of Polar Bears.


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多くを知り、さらに多くの “未知”を教えてくれた、北の土地

犬を飼っている場所から、さらに東へ1時間くらい車で行くと、ブライアンの秘密の猟場がある。夏には、何万羽のカナダグースや白鳥が、子育てのために南から飛んでくる。町から一歩出れば、“からっぽ”であるから、ここはもうからっぽの先である。見渡す限りあるのは、地平線まで連なるツンドラの連続か、北極点までつながるハドソン湾のどちらかだ。
白クマが、海岸線の岩影に見え隠れしている。氷に乗ってアザラシ狩りに行くため、海が凍るのを待っている。ここで、車が故障したら、夏になるまでだれも発見してくれないだろう。ここで死んだら、来年6月ごろまで、かたく凍ったままになるか、北極キツネや白クマの餌食となるかの、どちらかだろう。
近くには丘のように隆起した黒い岩が見える。40億年も昔の岩。地球温暖化が進み、氷河や永久凍土が溶けだして、チャチルの海岸線は、ここ100年間で1メートル上昇したといわれている。海岸に行くと、植物、貝、わけのわからない動物の骨の化石がゴロゴロしている。考古学に興味ある人にとっては、涎が出そうな所だろう。
夕食に日本料理(すき焼き)を料理すると言ったら、それならライチョウを獲りに行こうといって、ブライアンは秘密の狩場へ案内してくれた。はじめての狩猟なので、興味津々だ。たしか日本では、ライチョウは、保護鳥のはずだ。それを食べるとは……複雑な気持ちを隠せない。あの美しい白鳥でないからと、妙な理由をつけて自分を納得させる。ここチャチルでは、白鳥も食べるし、ライチョウより美味らしい。
“ブライアン! 11時の方向(前方やや左)に、ライチョウがいるぞー!” ライチョウをしばらく見ていたブライアンは、“9羽か。オスが2羽だな。この群れを獲るのはやめよう、ほかを探そう”という。ここにも、極北に生きる達人の掟があった。彼の両親が、旧ソ連から移住してきたころ、チャチルには汽車もなく、食料も乏しく、ある冬、はじめてライチョウを食べ、生き延びたという。オス2羽を殺したら、ライチョウはふえないし、もしライチョウをすべて殺したら、翌年、ライチョウを食べることはできない……彼は、両親の教えをひたすらに守っているのだ。
銃を構えながら、ライチョウが海側に飛ぶか、陸側へ飛ぶかを見ている。撃たれたライチョウが海側へ飛んでから落ちると、拾いには行けない。それは無駄な殺生だから、許されない。
“パーン”と、散弾の乾いた発射音がする。“HISA! 銃の右にくるな! 熱くなった薬莢が当たって火傷するぞ!” 冬になってまっ白に装いを変えた20羽くらいの群れが、パタパタと飛び立つ。ブライアンは、すかさずライチョウの群れに向かって2発目を発射する。命中だ。撃たれたライチョウは、空中でまっ白な羽を桜の花びらのように飛び散らせながらがら落下していく。
撃たれたライチョウを探しにいく。打ちそこなえば残念に思う。しかし、ライチョウに弾が当たれば心が痛む。まだ、羽をパタパタさせているライチョウは、すぐ首をひねって殺す。長く苦しませないためだ。撃った9羽のうち私は4羽を運んだ。鶏ほどの大きさのライチョウを2羽ずつ指のあいだに挟むと、殺したばかりのライチョウの暖かさが伝わってくる。弾がライチョウの頭に当たったのか、毛糸の手袋が生暖かな血で赤く染まる。こんなことしてよかったのだろうかと、なぜか気が滅入る。しかし、ここチャチルの人にとっては、狩猟は生活のためだ。慣れない旅人のセンチメントを挟む余地はない。
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