Following the Pass of Polar Bears.


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急いで、弾ベルトに収まらない弾を、パーカーのポケットにねじこむ。なぜと自分に問いかけても理由はわからないが、ポケットの中の弾を握りしめていると安心な気持ちがわいてくる。消化器を小型にしたようなクマ撃退用のスプレーも、腰に着ける。最近では、観光バスのガイドや運転手は、クマ撃退スプレーを必ず持っている。といっても、いまだ使用したことのある人には、お目にかかったことがない。食料として、ザックに、コーヒーと食べ残しのカリカリに焼いたベーコン、そしてクッキーを入れる。ポケットには、10枚くらい持っていたホカロンを全部つっこむ。これで、風さえなければ、寒さはしのげるから安心だ。
しかし問題は、履いている靴だ。靴はカナダ製で、氷点下70℃に耐えられる優れものである。優れものだが、サイズは大きく、重量も3キロ近くある。この靴は、歩行用というより、犬ゾリなどで移動するときの防寒用である。しかも行くてには、アイススケート場の氷をさらにかたく凍らせたような、アイスバーン状の道が待ちかまえている。陽の落ちたこの時間では、空気中の水分が凍って、サラサラとした乾いた雪のようになる。凍りついた道路を、このサラサラ雪が覆うと、つるつるに滑りやすくなる。町に近いところでは、小ジャリをまいてあるので滑りにくいが、ここは町からもはるかに離れている。風でも吹いたら、道路に立つだけで、靴がすっべってからだが流されてしまう。簡単に計算しても、町まで7〜8時間は歩くことになるだろう。心配ごとというのは考えれば考えるほど、次から次へと出てくるものだ。
ブライアンは、いつもてきぱきしており、歩くのも速い。今は、恐ろしい白クマの出没するなか、重い靴を履いてつるつる滑る道路を、ブライアンに迷惑をかけずに歩けるかどうかの不安が重なりあってくる。“HISA! 何頭白クマが見える”“2頭は見える。たぶん3頭かな”。いくら額に皺よせて、耳がくすぐったくなるほど目を見開いても、暗くなっては、正確な数はつかめない。相手の動向がわからなくては、いくら銃を持っていても役に立たない。“ブライアンは?”“5頭はいる。たぶん、6頭だろう”と言う。やはり達人の目にはかなわない。不思議なことに、パニックになっていない自分に気がつく。それは、くやしいほどに、この極北の大自然における達人ぶりを見せつけるブライアンを、幾度となく見てきたからである。
もう7時も過ぎてしまっただろうか、いつもなら今ごろはレストラン“トレーダーズ・テーブル”で仲間と、大好きな地ビールの“OV”を楽しんでいる時間だ。
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