Following the Pass of Polar Bears.


Photo

それから数日経った。この時期は、4時を過ぎると夕闇が迫ってくる。カナディアン・エスキモー犬に餌を与えるうちに、まっ赤な夕日がほとんど沈みかけていた。白クマの写真を撮りに来ていた他のカメラマンも去り、いよいよ町へ引き上げることにした。
エンジンをかけようとすると、エンジンがかからない。町へは車で約40分近くかかり、灯りはまったく見られない。ブライアンの土地といっても、80万坪もあり、家もないし道路からは1500mくらい離れている。仮に車が通っても、こちらは見えない。40頭の犬と我々2人だけである。陽はとっぷりと沈み、ハドソン湾が暗く広がり、あとはどこからが空なのか区別もつかないツンドラが続いている。
まさに凍りついた大自然の中に置いてきぼりにされてしまった。悪いことに、昼間から飢えた8頭の白クマがウロウロして、いやがうえにも緊張が高まってくる。
“HISA! 銃と弾を持って、Watch me! ”。ブライアンは、銃に弾をこめ、エンジンルームを点検するために車の外に出た。私は銃など扱ったこともないから、何の役にも立たない。
巨大ではあるが、白クマは歩くのも速く、走るとすごい。そんなシロクマが襲ってきたら……。“ダイナモのベルトが、のびてしまっている”と、ブライアンは状況の悪さを伝えてくる。“車を後に押すとエンジンがかかりやすいんだよ”と、私に安心させるような口調で言う。ブライアンは、銃をすぐ取れるように運転席に置き、運転席側のドアーを半開きにする。いつでも車に飛び乗って、エンジンがかけられる位置から、車を押す。
“HISAは、車の前から押してくれ”。天気が良い昼間でさえ、車の外でシロクマの写真を撮る時は、緊張するのに、暗闇の中、トラックの前から車を押すとなると、恐怖がつのる。自分の背後が見えない。大きなパーカーを着た背中をトラックの前に当てて後ろ向きに押すと、目の前が異常に広く感じられ、白クマの目が暗闇に光るのが見え、恐怖はより現実的になる。見えるシロクマは、まだいい。いつ現れるかもしれないシロクマを思うと、さらに恐怖がつのる。
next


to MENU