Following the Pass of Polar Bears.


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ふたたび、97年11月の日記より。

11月になってここ数日、気温も氷点下15℃以下になったが、まだハドソン湾は凍りついていない。凍りついていないため、アザラシ狩りに行けない飢えた白クマは、町の近くに出没しはじめる。北極からの強風が巨大なハドソン湾の水を巻き上げて、横殴りの雨のようにグリーンのトラックを襲ってくる。窓ガラスにかかった飛沫は、寒さのためたちまち凍りついてしまう。ガリ!ガリ、ガリ!と、凍りついた窓ガラスを、ワイパーが音を立ててこする。ブライアンは、時々車を止めて、金属製のヘラで窓ガラスの氷を削り落とす。もう何度も車を止めて氷を削ったが、まだ町まで20分はかかるだろう。
いつもはたばこを吸っているか、冗談を言いながら車の運転をするブライアンは、しきりに車のメーターに目をやる。車が走っているのは慣れた一本道だが、白く凍りついている。気のせいか体が冷えてきたのを感じ、車の温風の吹き出し口に手を当ててみる。“寒い! ブライアン! 暖房入れてくれ”。なんと、このまっ白に凍りついた荒野を、暖房なしで走っているではないか。“ブライアン! 聞いてるのか”。
彼は、不安そうな顔をして、ゆっくりと車を止める。メーターの温度計が、警告レベルを超えてはねあがっている。まだ日没までには時間はあるが、曇っているため外は薄暗い。ブライアンは、故障の原因を調べようと外に出た。ドアーを開ける前に、目で合図を送ってくる。それは、もちろん“Watch me!(白クマに注意して、俺を見ていてくれ!)”。このあたりでも、昨夕、車で町へ帰る時、小型とはいえ400キロちかい白クマが、道路を走っていた。注意が必要だ。
しばらく車のエンジンルームの中をのぞいていたブライアンが、“HISA! どんなコーヒー持ってる?”、大声で聞いてくる。こんな時に何を考えているのだろうかと思いながらも、“エッ? ブラック・コーヒーだけど”と返事をする。“砂糖もミルクも入ってないんだな”と、いつもは大雑把なブライアンが、細かく問いただす。ラジエターの水がないのだ。
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