Following the Pass of Polar Bears.


Photo

ここ数日間、雪や強風で、今日も寒さこそ厳しいが、風は和らぎ、太陽も我々にほほえんで、空もまっ青である。まさに、おあつらえ向きのソリ日和となった。ブライアンが犬を飼っている場所から100メートルも走ると、そこはテキサス州がスッポリ入る巨大なハドソン湾が口を開けている。東を見ても、西を見ても、そして北に目をやっても、そこには、まっ白に凍りついた海が、青く晴れわたった空まで続いている。まだこの時期、チャチルには流氷見物なんて言葉はない、何もかもが凍りついているからだ。風が吹けば、寒さで固まることのない雪が濁流のように渦巻いて地表を流れるし、気温が氷点下15℃以下でも、話題にもならない。東京では、今頃、満開の桜の木の下で、お花見の宴会がまっ盛りだろう……。

“Go! Go! Let's go!”“Good! Good! Good boys!” ブライアンの鋭い声が、犬ゾリをひく9匹のオスのカナディアン・エスキモー犬にとぶ。少し走った頃、ブライアンが“HISA! コーヒーを飲もう”と、いつもの調子で言う。こちらはコーヒーどころではない。ソリはすでに凍りついたハドソン湾の沖まで来て、もどるには大変な距離となってしまった。氷は厚く張っているとわかっていても、慣れない者にとっては、まったく落ち着かない。
海氷の上を走るソリは、ゴトゴトと、ときには氷のかたまりにぶつかり、ゴトン、ゴトンいう不規則な音をたてる。この一帯の海氷は、川などから凍りやすい真水が入っているので、所々に大きな氷のかたまりも立ちはだかっている。いつ大きな衝撃でソリがひっくり返るかと心配もつのる。
犬たちは、小便や大便をするときも走りつづける。ソリが風に向かって走るときに、大便をされると、匂いもシッカリとする。とくに他に匂いもない大氷原では、強烈な匂いである。少しおこぼれが風とともにソリのほうにも飛んでくるのかと、気にもなる。

この犬ゾリは、ブライアンが数年前に3台作ったうちの1台である。長さは5メートルほどもある。しかし作り方やそのスタイルは、何千年前からイヌイットなど極北の民が、狩猟や移動に使ったソリと同じである。まさに太古そのままの物である。使った板は、船を作るときに使う物で、丈夫で水にも強い。
電子装置などどこを見ても見あたらないし、ボルトなどの金属部品も、ほんのわずかしか使っていない。昔は、カリブーからとった腱(けん)で作った太い糸で木部をしばっていたが、ブライアンのソリは、ナイロン製の細いロープで板をしばりつけているだけだ。まるで木琴のような作りでもある。このためソリには弾力性があって、走っているとき、ソリ全体が曲がったり、凹凸のある雪原を走っていても、衝撃を吸収する。その乗り心地は、思う以上になめらかである。
この単純明快な作りゆえに、設計図などなくても、その作り方が今日まで受け継がれたのだろう。隣人のソリまで作るブライアンは、優秀なソリの建造者でもある。ソリの上には、寒さ除けと、居心地を良くするため4枚のカリブーの皮を敷く。これが、荒れ狂うブリザードにあっても、寒さから身を守ってくれる。
next


to MENU