Following the Pass of Polar Bears.


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“Yuk! Yuk!(左へ進路を変えろ!)”“Good! Good boys!”“Gee! Gee!(右へ進路を変えろ!)”
よほどのことがなければ、犬に方向の変更を指示することはない。犬たちは、太陽を見ているのか、それとも磁石のように方向を察知できるシステムをもっているのか、とにかく一度方向を指示するとその方向にほとんどまっすぐ走る。凍った海の上といっても、人の背の高さもある大きな氷のかたまりがあるし、平らとはとてもいえない。しかし犬は見事に、それら障害物を避けて、そして一時的に方向が変わっても、すぐに本来の進行方向にもどる。
“HISA! リーダー犬と2列目でソリを引いている2頭を見ろ”と、先頭を走る3頭を指さす。“2頭が、リーダー犬のすることを学んでいるのがわかるか?” “ほら、リーダーが尾をさげたろ”とブライアンの説明が続く。なんと次に走っている2頭は、リーダーに従って尾を下げるではないか。一生懸命まねているのだ。ソリの方向を変えるときには、ブライアンはリーダーに声をかけ、次の2頭はリーダーをまね、次から次へとあとの6頭もそれをまねていくのだ。“1匹が吠えると、残りの犬がコーラスをはじめるだろう。ソリを引くときも、同じようにまねているのだ”と、私の極北の先生は、力強く賢い犬たちを、目を細めて見ながら言う。3列目の犬が、大便か何かの理由で少し遅れたときだ、2列目の1頭が遅れた犬に吠えかかり、しっかり走れと指示する。
よく言われる——犬ゾリ用の犬は鞭で打つ、ときには鞭が犬に当たって、血も出る。犬たちは鞭の痛さに、悲鳴をあげて全力で走る——そんなことはまったくない。ブライアンは、鞭すら持っていない。犬の種類や場所がちがうのか、あるいは人の心や言葉を経て伝えられるために、ねじ曲げられて理解されてしまっているのか、ともあれ、あまりのちがいに戸惑ってしまう。
純血カナディアン・エスキモー犬は、世界に350頭くらいしかいない稀少犬種であるし、切手やコインにもなっている、カナダのシンボルだ。そのうちの9頭の犬が引くソリに引かれて走っている。もう傍観者ではない。凍てついて、静寂さをも感じる大自然のまんなかを、走っているのだ。こんな贅沢なことがあるだろうか。
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