Following the Pass of Polar Bears.


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“パーン”。クラッカーの“ズドーン”とちがって乾いた音が響く。石に当たった散弾からは小さな火花がパッと散るのが見える。“ビシッ”と散弾が岩にあたった音も聞こえてくる。写真集に見る白無垢の花嫁衣装のような白クマのイメージは、身を切るような冷たい烈風に吹き飛ばされて、ここにはない。ましてや、しぐさの可愛らしさなど、頭の中をかすめもしない。
何者をも寄せつけない極北の王者としての風格……長い間、巨大で美しい白クマに魅せられて、この極北の地まで私を誘い出した“想い”は、どこへ行ってしまったのだろう。目に見えるのは、大きなシャベルのような前足で、犬をたたき殺そうとしている憎き白クマだけだ。なんとか犬を助けるために、私にできることは、白クマを睨みつけることだけだ。
襲われている犬を見つめるブライアンの横顔は、死の危機にさらされた我が子を見る親のそれだった。床に転がっているカメラが見えるが、こんなとき写真などを撮っていたら、ブライアンが可哀想すぎる。プロのカメラマンなら、迫真のこの場面を見逃すわけがない。シャッターを切れない私は、やはり素人写真家なんだ。まあ、それもいいや! これも生き方だ!と、非情になれない自分に納得していた。アッという間に、自分が大自然のどまん中に放りこまれているのだと感じた。
散弾銃のパーンという発射音、ビシッと岩に当たる音は、この白クマにとって今まで聞いたことのない恐怖になった。真っ白な大きなお尻を大きく波打たせながら、逃げ出したではないか。“やった!” 思わずブライアンと握手する。ブライアンは他の白クマが近くにいないかを確認してから、襲われていたエスキモー犬に近づいて、頬ずりをした。まるで迷子になったわが子に再会できた親のように。まわりにいる犬たちは、何事もなかったように、かまってもらいたくて大きな声を上げて吼えている。家族のないブライアンにとって、最も大切なのは、ここ数年のドッグショーで常に優勝を飾っているこのカナディアン・エスキモー犬なのだろう。
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