Following the Pass of Polar Bears.


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“はじめてのこと”だらけの日々・その2

宿のダイニングキチンで、朝食をとる。今日の朝食は、フレンチトースト2枚、目玉焼き2個、炒めたジャガイモ、そして大好きな3枚のベーコンだ。テーブルの上にはメープルシロップ、バター、ジャム……そのまわりには、昨夜のうちに宿の子供たちが並べたランチョンマット、ナイフ、フォーク、スプーン、そしてお皿がキチンと並んでいる。“いい写真撮れた?” いつもの朝のお喋りがはじまる。
“HISA。自然を甘く見てはいけないよ。ここはEmptyなの、わかる? 町から一歩出ると、何もないということよ。人間が自然と闘うなんて簡単にいうけど、それはまちがい。ここではいつも、死と背中合わせよ。私たちは、極北という自然の中に、埋もれるように生きている。厳しい自然から身を守るためには、自然といい友だちでなくてはならないのよ。それも尊敬の気持ちを忘れずにね。それが自然の中で生きるための掟よ。死は人生の一部だけれど、軽率な行動で、死を選ぶようなことがあったら違反よ”。遠来の客をやさしく心配してくれる。地図を見ても、町から見渡しても、町の外には気の遠くなるようなツンドラが続くだけだ。まさにEmpty(からっぽ)の世界だ。
昨夜、宿から南へ歩いて2分もかからない家の裏手に白クマが出現し、一時は警察や野生生物保護局の人が銃を持って警戒していた。天気のいい日は、野生生物保護局や観光会社のヘリコプターが町の上空から、白クマがいないかを警戒して回る。しかし、夜は、ヘリコプターでの警戒ができなくなり、危険になる。夜、1人で歩いていると、暗闇から白クマが出てくるのではないかと、時々背筋が寒くなるのを感じる。“私たちは車で町の外へ出かける時、どんなことがあっても車を降りる前に3回クラクションを鳴らすの。白クマに私たちがいるんだよと伝えるのよ。3回よ。それから銃は必ず持っていくわ”とアンはここでの掟を教えてくれる。
月面探検車のようで巨大な観光バギー車に乗っても、どんなに距離があっても白クマが見えるところでは、ガイドが観光客を地上に降ろすことはない。白クマが見えなくて見渡しが良いところでも車から降りる時に、ガイドは銃を離さない。横からアンのご主人で観光ガイドでもあるレイモンドが、“レンタカーで写真を撮りに行くときは、必ず行き先を教えてくれ。もし、2か所以上に行くときは、2か所目に行く前に戻ってきて連絡してくれ。車の故障や事故で動けなくなって、夜7時頃までに帰ってこなかったら、ぼくが迎えに行くから。その時も、車から外へ出るときはクラクションを3回鳴らすんだよ。そうしないと、HISA、Emptyの中に消えてしまうよ”と、極北の地での心得を、私の顔をのぞきこむように話す。ここにも、極北の優しい先生がいてよかった。
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