Following the Pass of Polar Bears.


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昨日、いつものレストラン、トレーダーズ・テーブルへ夕食のため歩いて行った時、凍りついた地面をも剥がす程の雪や氷を交えた烈風が西北から吹き荒れていた。風をさえぎる山もないチャチルでは、烈風が、厚地のダウンの赤いパーカーをバリバリと音をたてて叩く。
“おまえなんか、早く帰ってしまえ!”と極北の大自然が怒鳴りまくっているようだ。“帰るものか”と少し弱気になる自分に言い聞かせて歩く。特にレストランへの道は風に逆らって歩くので、風がフードの隙間から入りこもうとする。フードのふちには、太い針金が通っていて自在に形を変えられる。しかし、フードの開口部を閉めすぎると外が見えないし、開けすぎると風が入って立っていられなくなる。手でフードを押さえて、ほんの少しだけ外が見えるようにするしかない。飾りと思っていたフードの周りについているコヨーテの毛は、飛んでくる氷のかけらから顔を守ってくれるスクリーンの役割を果たしているとは、新しい発見だった。
歩くときは、スキーのジャンプ選手のように身体を思いっきり前傾にして進む。電柱をよく見れば、まっすぐ立っているのはほとんどない。ここでは、みんな斜めだ。時々見かけるフラッグツリー(旗の木)と呼ばれるクリスマスツリーのような木は、ほとんど南側にしか葉や枝ががついていない。片面は冬になると烈風が氷を飛ばすため、すべて削り取られている。まるで風になびく旗のようになっている。
前を向いて歩けないので、足元だけを見る。すると凍りついた道路を急流のように、雪が蛇行して流れている。5歩も歩くと呼吸を整えなければならない。後ろを向き、そして注意深く周りを見て、どっちへ向かっているかを確認しなければならない。がんばって10歩も歩くと、いつの間にか方向が狂ってくる。
過去や未来のことなど脳裡にはない。頭の中も心の中も空っぽだ。考えるのは次の一歩、その一歩がやけに厳粛な気持ちにさせる。白クマやほかの生きものと同じように歩いている、ということなのだろう。この強風が、すべてを吹き飛ばしてしまう。誰1人歩いている人は見かけない、見えるのは雪にかすむ家並みだけだ。時々、一寸先も見えなくなる。これがホワイトアウトだ。 “HISA、大丈夫か?”。1台のトラックが止まり、地元のカメラマンが髭もじゃの顔を車の窓から声をかけてくれる。“ありがとう。大丈夫だよ。ブリザードを楽しんでいるよ”。随分強がりなことを言ってしまったものだ、歩きはじめるとすぐに、車に乗せてもらえばよかったのにと、後悔する。
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