Following the Pass of Polar Bears.


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“はじめてのこと”だらけの日々

朝7時、靜かな宿にポコポコ、ポコポコと心地よい音がかすかに響いている。宿のおかみさんのアンがコーヒーを沸かしている音だ。コーヒーの香りが漂ってくるような気がする。朝食のフレンチトーストを、ジュージューと焼いているおいしそうな音も聞こえてくるし、もうすぐ子供たちも学校へ行くため起きてくるだろう。アンとおしゃべりしながら朝食をとる。いつも明るい彼女は、働き者の上、たいそうきれい好きだ。彼女とその心温まる家族がいなければ、とてもここ極北の地に何度も来ることはできなかっただろう。
この家は町の南と東のドン詰まりにあるため、窓から果てしなく広がる景色が見渡せる。窓から見えるこの世界は、日本では見慣れぬものだ。10月末の今頃、日本ではミカンも色づき、店には、クリや柿が彩りを添え、運動会がまっ盛りで、子供たちの歓声が青空に響いているだろう。外の温度計を見ると氷点下15℃だ。宿は暖房がゆき届き、凍りついた外とは別世界だ。部屋の南側の窓からは、鉛色をしたツンドラが何の境もなく、これも鉛色した空へと続いている。東の空には、細い金色の線に見える陽光が、どこまでも続く極北の大地と空を区切っている。まだ時間がかかるが、太陽が昇ろうとしている。上天気を予感させ、そして何事も嬉しくなるような気にもさせてくれる。
この3日間、容赦なく吹き荒れていた嵐、ブリザードが止まった。強風にあおられ、家が地震のように揺れ動いて、寝ているベットはまるでゆりかごだった。睡眠不足の目をこすりながら、外に出てみると、家の外壁が、昨夜のブリザードでめくれている。自然の驚異を見せつけられる。風速110メートルという記録的なブリザードで、地元の人たちも記憶にないという。聞けば測候所の風速計は110メートルまでしか計測ができないそうだから、もっと強く吹いていたにちがいない。今は、朝まで続いていたブリザードが嘘のようだ。
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