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高野文子『絶対安全剃刀』 【引用図版・5】 白泉社82年刊・所収 185頁 |
冒頭の波は、少女に恐怖をうえつけた波の記憶だったのだ。 誰にでもある、なつかしい思い出のように思われた波は、 ある少女にとっての悪夢でありえた。 こうした日常的な物事の、ひそかな意味の転倒に、 高野の目のたしかさがある。 作品なかほどで再現される恐怖の波は、冒頭よりはるかにリアルだ[図5]。 それは、少女を襲った事態を客観的に示してくれる。 このあと、波にのまれた少女の目から、 海岸で笑って自分に手をふる母や友がみえる。 そして、そのことがおぼれていた少女にとって、 多分傷になっただろうと思わせる。 けれど、この波の美しさはどうだろう。 夏の陽ざしの下で透明にかがやく波の背。 風に飛ぶ波しぶき。 平和な空と雲とかもめ。 少女の恐怖と裏腹な、夏の海の平和な点景。 |