date
■8月1日ごろ 湖畔にて

朝。目をさますと窓のガラスに雨滴がついていて、灰色の雲が空一面に広がっている。天気予報では早朝に雨が上がることになっているのに、と頭のなかでグチる。一応、雨具を出しやすいように荷をつめて、出発した。

逆風にいじめられた西の前半も、オハイオ州あたりからは、風もこちらの味方になってきた。クルマや都市、道路の質は反比例して悪くなっているので、苦労はたえない。

11時を過ぎるころからは雨が去り、青空になった。真夏の太陽だけが、頭上で元気に強烈なエネルギーを発散しています。ガソリン代わりの水分の補給を、おこたってはいけない。昨日もオレンジジュースを4リットル、水4リットル以上を、この小さな身体にそそぎこんだ……今日も暑くなってきた。

クルマが多くなり、都市と住宅がつづくと、人間の臭味から抜け出したくなる。風のささやき、木葉の味、土の香り、雑草の花のしめり、すべてが恋しくなった。

ジュニーバー・ステイト・パーク。今日の体調と道路事情からいうと、もう少し距離をのばしたいところだが、自転車屋に勤める若い衆や、途中に寄ったアウトドア・ショップの主人もジュニーバー公園をすすめたので、今日の宿泊先は決まった。

キャンプ場に2時に着いたが、すでに満員という。人影があまり見えないところから察すると、かなりゆとりをもって、自然のなかに少数の人間しか入れないのだろう。

オーバーフローなら、1か所空いているという。オーバーフローとは、満員の際、どうしても泊るところが必要な人のために、木影ではないが10か所ぐらい用意してある場所。幸い小さな木が1本植わっていた。キャンピングカーで来る人には、この木が邪魔だろうが僕の小さなテントには、じゅうぶんな影を作ってくれる。

さっそく暑い太陽の下でテントを張った。汗を流しに湖へ足を向けた。Lake ErieEは、広い。海だよ、これは。向こう岸どころか、島影もなにも見えず、波を打っている。雲1つない空の青と水。写真を撮っても、絵にしても、ミニマルアートの世界だ。久しぶりに泳ぐが、海のようで淡水なので、頭とからだが1つにならない。

さて、今日の夕食はなににしよう。

水の飲みすぎか暑さのせいか、レストランに行く気になれないので、町の雑貨屋まで自転車で行ってみることにした。町までは15キロぐらいだろうか。ビール1本とサンドイッチを買って店を出ると、急に天候の変化だ。

黒々とした雨雲は、すでに湖の上空一面に広がっている。東に向かって急速に流れ、風も地上に降りてきた。雨雲の先端には、いくつもの半円形をした薄い雲が重なりあって、数珠つなぎに浮いている。

風が舞い、木葉が飛び、大木の枝がうねる。こんなときは必ず逆風、と条件が悪い。2か月もロードで鍛えた足は、僕の意志にじゅうぶん応えてくれる。

……スピードにのった自転車、その頭には黒い雨雲のなかに1本の明るい灰色の線が描かれている。美しい水墨画が、今、大自然のキャンバスを背景に、動画として、ビデオアートの映像としてドラマを繰り広げている……

並木道を抜け、キャンプグランドに着くと、上空の視界はさらに広がり、頭上がすべて画像の世界。大舞台となってプロフォーマンスが展開されている。西側、湖の遠くは、嵐を透かして強い西日がかすかに赤味を雲に加えた。満月に近い白い月が東の空に、月の周囲だけがまだ青空をのぞかせ、雨雲の穴をあけているのは少しでき過ぎた演出ではなかろうか。

東部の空は、スペインの巨匠エル・グレコの描く灰色の空の再現だ。
黒い空に電光が流れる。
ドラムの連続鼓動。
また、光が飛ぶ。

大つぶの雨が落ち、暗くなった。座ることのできない小さなテントのなかに、サナギのように横になってスッポリ入った。

嵐の音、テントを打つ雨、バドワイザーの大ビンを飲みながら、ハムサンドをほおばる。耳のイヤホーンからはヴィバルディ。なんとも不思議な世界に入りこんでいる僕が、自ら非現実と思えてならない。

嵐は短時間で去った。すべてが静止しているなかで、夕日だけが、音もなく色を変え、ゆっくり湖のかなたに沈んでいく。

岸の岩に座って水面に消えて行く夕日を見つめていると、1人の少年がゆっくり僕の横を通り、短い突堤の先に歩む。途中スニーカーを脱ぎ、シャツを脱ぐ。太陽は姿を半分残すところか。少年は夕日に向かい、背を水面に向け、逆飛びでダイビング、浮き上がって泳ぎ、また飛びこむ。数回くりかえして、ぬれた身にシャツとスニーカーをかかえ無言で帰っていった。彼の日課なのだろう。

西の空は夕日に染まった色も淡くなり、小さな雲がポッカリと浮かび、かすかな明かりを受け、1日の終りの光を残していた。

なんと幸せな1日だったことよ。