navidate
■6月10日ごろ モンタナの平原に人の情けを知る

モンタナ州は広い。ロッキー山脈を越えると平原で、一直線の道が遠々とつづく。幅10メートルの道路が、真正面のはるかかなたの小高い丘の上で幅3ミリほどに見え、車など点として見えるか見えないか。あの丘までの距離はどのくらいあるのだろう。時間はどれくらいかかるのだろうか。休みなくこいで2時間で、丘の上にたどり着いた。また一直線が伸びている。

空は広い。360度地平線で、空しか見えない。今年は例年より雨が多いと地元の人は言う。だから、緑が生き生きしていて美しい。カナダに近づくと、丘が多くなってきたような気がする。人家は、四方八方見わたして、遠くにポツンポツンと3〜4軒見えるのみ。身近で動いているものといえば、風と、草と、小さなリスと、米つきバッタのように同じ動きをくりかえす石油を掘りだす機械です(石油ポンプは可愛らしいが、においが、いかん)。小さなリスは姿勢正しく、直立して両手を前に合わせ、首を動かしヒョウキンな顔をしていて、話しかけたくなる。

路上の名も知れぬ草花が、誇らしげに彩やかな身を風になびかせ“シッカリネー、ガンバッテー”と微笑みながら手を振ってくれているようです。小鳥たちも、それぞれの美しい囀りでチャリンコおやじにエールをなげかけてくれる。孤独な1本道での優しさ……。

僕も優しくしなければいけないなぁーと、けなげな反省をしています。

この旅も3週間を過ぎたが、アメリカ人の親しさ、優しさを充分に味わい感謝している。いやな思いは1度もない。

人種の坩堝といわれている、マンハッタンの生存競争のなかに35年以上も生活していると、忘れがちなことだった。

チェスターという村を出発したのは、6月8日。ここから東にかけて、とくに今の時期は“ガラガラヘビが多いので注意するように”と言われて、村を出た。

今日の目的地は100キロ先の、ハーバーです。もう、人家も宿もほとんどないので、天候と体力に合わせて目的地を決めなければいけない。ここのところ不順な天候がつづいているし、晴天でもいつの間にか雨雲が出現したり、風が吹き出す。

出発時には、昨夜の雨も上り、晴れ。微風、気温は8℃、朝食も腹につまって快調。

時間がたつにつれて、逆風が強まってくる。体調も50肩以外は好調だ。

道路わきには、草と電柱だけがつづき、ガソリンスタンドやバーなどは、自転車を2〜3時間こがないとありつけない大草原です。重い荷を積んでの目的100キロなので、ゆっくり道草もできない。バナナをモグモグ、リンゴをゴリゴリ喰べながら急ぐ。

遠く後方に雨が見えたのは2時ごろ、しかし向かい風だし、頭上には太陽が照っている。それでも油断は禁物、懸命にペタルをこぐ。逆風はしだいに強まってくる。20〜30分おきに空を見上げ、後をふりむく。雨雲が広がってきている。

強くなった風の抵抗をペタルに感じ、気温も下がっている。青空と黒い雨雲との対比はとっくに逆になっている。地上の風は正面から吹いてくるのに、なぜ雨雲は後から押しよせてくるのだろう。

無心にこぐ、雨とのレースだ。右も左も、黒い雲におおわれてしまった。正面にわずかな青空を残すのみとなった。自転車のスピードは落ちていない。雨がスピードを上げて追ってきているのだ。 目的地まであと16キロの地点にバーがあった。自転車を止め、空を見上げ、考える。この先には人家はない。“負けだ”。4時30分、自転車を降りて、バーに入る。

バーの中は暗くてよく見えないが、すぐ目は馴れた。40がらみのバーテンと同年配の女性客しかいなかった。ヘルメットを脱ぎ、手袋をカウンターの上におく。バドワイザー1本を注文しながら、バーテンと話をする。どこから来て、どこへ行くとありきたりの会話だが、大陸横断となると話もはずむ。

雨が激しく降り出した。雷や稲妻をともなって。

仕事帰りの客が入ってくる。カーボーイハットにブルージーンズ。からだつきも、ゴッツイ。女性客も男のような語調で語り、ウイスキーをあおる。ビールにトマトジュースを入れて飲む男たちも多い。このような労働者や荒々しい者たちの集まるバーを、レッド・ネック・バーという。僕は1本のビールで眠くなる。客たちがビールをオゴるといってくれても断る始末。12〜13名の客がそれぞれのグループで盛り上がっているなか、1人ポツンとしていた。雨はまだ止まない。

しばらくして、バーテンが近づき、

“疲れたらソファーで休んでいいよ。今夜、キャンプをしたいのなら、庭にテントをはってもいいし、上に空いてる部屋もあるのから泊まってもいい。食事もあるから。あるいはハーバーまで行きたければ、後でトラックで送っていってあげるから、好きなように”。そうなにげなく言ってくれた。ありがたい。見知らぬ一旅人に、こんなに優しくしてくれる人もいるんだ。感激!

しばらくして雨も止んだのでバーテンに礼を言う。レッド・ネックの客たちからの激励の言葉を受けて、バーを出た。

40分ほどして目的地に着くころ、雨雲はまだ正面にある。後方の西の空の雲間から、夕日が照りだすと、前方の道路をまたいで、大きな大きな虹のアーチ。まるで寓話のようで、誰も信じてくれないだろうな、このフィナーレ。