title その23
隠岐諸島、藻場復活への試み


photo


今、日本全国の海に深刻な“磯焼け”が進行しつつある。“磯焼け”とは、沿岸に生い茂っていた大型海藻の藻場が突然消え去ったり、小型の石灰藻などがこれに代わって海底を覆いつくしたりして、海底が焼け野原のようになってしまう状態のことである。

本来、大型海藻が作り出す海底の立体空間は、小魚や稚魚たちにとって絶好の棲み家となっていた。また、アワビやサザエ、ウニなどの底棲生物は、そうした大型海藻の若芽などを食べて育っている。そんな海の環境の根元を支える海藻に、異変が起きているのだ。しかしその原因は、まだハッキリとわかっていない。海水の温暖化、都市からの生活排水による海水の富栄養化、ダムなどによって陸と海の生態系の関わりが断ち切られたため、等々と諸説紛々の状態である。

ここで、何故に“海藻が地球環境にとって重要な存在であるか”を、わかりやすく説明してみよう。太陽からもたらされるエネルギー“太陽光線”と、地球環境に含まれるリン・カリウムなどの無機物を使って光合成をし、代謝エネルギーを作り出すことができるのは植物だけである。動物は植物に取りこまれたそのエネルギーを食べて(草食動物)生活するか、その植物を食べた動物を食べて(肉食動物)生きているのだ。

人類(雑食動物)を例にとって考えてみると、我々は麦や稲などの穀物や、豚、牛などの肉を食べて生きているわけだ。それは、陸上の植物が光合成をした結果、産み出された代謝エネルギーを食物としたり(麦や稲)、それを食べて育った動物たち(豚や牛)を食べて生きていることにほかならない。陸世界での食物連鎖の機軸が植物であるように、地球の残り2/3を覆う海世界の食物連鎖の機軸もまた、植物であるのは不思議なことではない。

前置きが長くなってしまったが、海藻が重要であることに気づいた我々人類、あわてて海藻を復活させようとさまざまな方法を試みたが、これがなかなか上手くいかないのである。雑草のようにたくましく生い茂り、邪魔者のように扱われてきた海藻も、いざ人間の手で再生させようとすると、一筋縄では解決できない難しさを秘めていた。

海藻が棲めなくなった環境に、いくら海藻を植えても復活しないのは当然の理としても、水温の変化や、海藻を食物とする生物たちが競って養殖された海藻を食べてしまう食害、他生物との生息域での競争など、難題山積みの現実に直面することとなったのだ。

日本海の隠岐諸島に、非常に上手く進展している藻場復活の実験礁があると聞き、訪ねてみた。島後にある実験礁は、コンクリート製の十文字型基部に4mの電信柱状の柱を何本も立て、その柱に日本海特産のツルアラメという海藻を、プラスチック固定具で取りつけた物。潮通し、太陽光線のあたり具合などの点から、非常に海藻が育ちやすい環境を作り出していた。

ツルアラメという海藻は多年藻で、環境変化に強く、根の部分が岩上を這い、そこから新しい芽を出すことのできる特殊な増殖方法をもった海藻である。日本海のまっただ中に位置する隠岐諸島は、海藻の育成には適した環境ではあったが、それでも迫りくる“磯焼け”の例外にはなりえず、一部の海底に磯焼けが起きていた。この藻場復活実験礁は、今まで海の環境に無関心になりがちであった人類が、海藻という植物をより深く知り、彼らと共存できる方法を探る足跡の一つとして、いつまでも潮にツルアラメをたなびかせていてほしいものだ。

人は太古の時代より海から数限りなき恵みを受け、その幸を楽しんできた。今、世紀末を目の前に、その不滅の方程式に翳(かげ)りを感じるとすれば、この“磯焼け”こそが、海から与えられた警報なのではないだろうかと思った。


photo
海底から立ち上がる柱にはツルアラメという海藻が根づき、潮にたなびき、波に揺れながら、効率よく太陽光線を全身に浴びていた。
photo
隠岐諸島には、入り組んだ入り江がたくさんある。



back


(c)1998 Aoki Concept Designing Co.,Ltd.