title その19
三陸海岸・女川のマボヤ養殖


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養殖マボヤ。水面を覆った昆布で薄暗い海中で養殖マボヤは元気一杯。
その姿は生命力に溢れていた。


皆さんホヤは好きですか? “あの匂いがちょっと……”と言う声も聞こえる、クセのある食べ物だが、私はホヤが大好きです。特に海から採れたてを剥いて食べると臭みもなく、シャキシャキと歯触り良く、甘みもあって最高です。

ホヤの仲間は日本近海で約300種類が確認されているらしいが、マボヤは数少ない食用になる種類。このマボヤ、三陸海岸や仙台湾など寒流の影響を受ける海に潜ると、探す必要もないほどどこにでも見かけることのできる生物なのだ。岩場の海底のあちらに3つ、こちらに4つといった具合で、ソフトボールほどの大きさのマボヤが根付いている。

ホヤは原索(げんさく)動物の一種、産み出されたばかりの時はオタマジャクシのような形で、尾部には脊椎も見られるそうだが、成長するにつれ変態し消えてしまう。動物らしい動きをするのはこの時期だけで、あとは安定した海底に植物のように根付き、海水を吸い込み、含まれている養分を濾しとって栄養とし、育っていくのだ。

実際に海底で見るマボヤは海水を吸い込む吸水管と吐き出す排水管、2つの管をトランペットの先のように拡げて膨らんでいる。熱心に餌を捕っているのだ。見ようによって、その形は人間の心臓のように見える。色彩の乏しい寒流の海の中で、暖かな橙色の体色は我々ダイバーの心をホッと和ませてくれる優しい生物でもあるのだ。

三陸地方を中心にマボヤの養殖が盛んに行われている。水槽内で産卵させたマボヤの幼生をカキ殻等に定着させ、それを束にして海中に沈めておくと文字どおり、鈴なり状態でマボヤが育ってくるのだという。そんな満開状態のマボヤを覗いてみたくなり、金華山の北にある町、女川の漁師さんに頼んで養殖棚に潜らせてもらった。

一緒に養殖されている昆布をかき分けながら潜っていくと、お目当てのマボヤが見えてきた。50〜60の養殖マボヤが直径50cmほどの球体を成し、1本のロープに5つほどぶら下がっていた。水面から垂れ下がってくる養殖昆布がちょうど良い具合に日陰を作り、彼らの好きな薄暗い環境を作り上げていた。

それにしても養殖マボヤのボールのなんと美しいことか。親潮の運んできた栄養分をいつも腹一杯に濾しとり、生命力ふれる姿がそこにあった。思わず顔を寄せて胎内を覗き込もうとすると、排水管から茶色の紐のような物を吐き出した。ウンチである、失礼なやつだ。吸水管、排水管のあたりに光を感じる器官があるらしく、近づいた私に反応して身を縮め、体内にある栄養分を濾しとった滓を吐き出したのだ。やはり動物なんだな……と肌に感じた。

薄ら寒い海中で、この橙色に輝く陽気な連中を眺めていると、見事に拡がった水管からトランペットの楽しげな音楽が聞こえてくるような気がした。鉛色にうねる寒流の海を見て、人々は身震いをし、自らをそこから遠く離れた存在だと確信する。photoだが、その冷たい海の流れが養う多くの生き物たちに支えられて、我々は在る。昆布の葉陰で咲き誇る養殖マボヤたちも、我々、人間に食べられるためだけに生まれてきたのではないはずである。彼らの美しさや旨さを忘れてはいけないと思った。
女川港からの眺め。
親潮の豊かな流れが多くの生き物たちを育んでいる。



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