title その17
宇和島のヒオウギガイ養殖


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ヒオウギガイ養殖
水面から吊されているヒオウギガイの入ったカゴは、波にゆっくりと揺れながら
太陽の日差しを楽しんでいた。“まるでフルーツバスケットだな”と思った。


四国の南西部、宇和海の海の生物を取材するため、愛媛県南部の海底に潜っていた時のことである。ふと水面を見上げるとヒオウギガイの養殖棚があった。普段は海底にへばりつくようにして生物を探し回っている私であるが、見かけたヒオウギガイの養殖カゴがモビールのように楽しげに揺れ動くのに誘われ、水面近くまで泳ぎあがってみた。

ヒオウギガイは美しい貝である。美しいだけでなく食べても美味しい。静かな入り江に設置された養殖棚のカゴの中で黄色、オレンジ、紫と色とりどりのヒオウギガイたちは海水の養分を濾し取り、美味しそうに実っていた。周りをヒオウギガイに囲まれて、海底の果樹園に迷い込んだような不思議な時間を楽しんだのを今でも憶えている。

海岸近くにいた養殖棚の所有者に聞くと、以前は真珠貝の養殖を専業にしていたが、真珠相場が年によって大きく上下するので生活の安定のため、食用になるヒオウギガイの養殖を始めたそうである。資料によると宇和海は真珠を作り出すアコヤガイの種苗採取、母貝養殖の中心地であるそうだ。リアス式に入り組んだ地形が静かな入り江を作り出し、こうした筏を水面に浮かべる養殖に恰好の場所となっているらしい。

宇和海の取材を終え、しばらくしてからテレビを見ていると、“宇和海の真珠養殖に原因不明の病気が発生し、壊滅的な打撃があった”とニュースが報じていた。つい最近取材に行ってきたところなので興味をもって見ていると、その原因を巡って真珠養殖業者とトラフグ養殖業者との間が険悪になっていると説明が入った。養殖トラフグに寄生虫がつくため、魚にホルマリン浴をさせ、その残液を海に垂れ流している。それが養殖真珠貝死滅の原因だとする真珠養殖業者との間に争いが生じたのだ。

喧嘩の成り行きを心配しているうちに、原因がウイルスによるものだと解明され、トラフグ養殖業者と真珠養殖業者の争いはおさまったようである。真珠養殖業者も、養殖棚に乗せる貝の数を限界まで増やし採算性を上げていたため、ひとつひとつの貝が弱り、病気にかかり易くなっていたらしいのだ。

海が作り出した宝石とも呼ばれる真珠に人々が惹かれたのは、そのなめらかな美しさの向こうに、青く揺れ動く海のエネルギーを感じられたからではないだろうか。トラフグの刺身の絹のような舌触りに豊饒の海を思い浮かべる我々は、photo劇薬・ホルマリンの臭いに気づくこともなく騙され続けるのだろうか。海から聞こえる声に耳を傾けず、算盤片手に商いをする漁師は、もはや水棲哺乳動物ではないと強く思った。
真珠貝養殖
宇和海は日本最大の真珠養殖地、広大な面積の内湾は
養殖筏でほとんど覆われている。



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